プロローグ
夏休みに入ると必ず、家族は誰もいなくなってしまう。
大きな家が余計に広く感じられて寂しい。
今年は本当に榮は一人ぼっちになるらしい。
元々、カメラマンの父は世界中を飛びまわっていたし、
薬剤師の母は忙しくて構ってもらえない。
両親とは縁が薄い…。
それでも、普段なら榮には祖父の流石が居てくれたし、
何より、蒼軌がいた――。
「今年は仕事が入ってしまった。
悪いが、榮は晶の所に預かってもらおう…」
「ええ、私も仕事が忙しいし、晶さんの所なら安心ですし…
頼んでいただけますか?」
榮は、家から追い出される事になった。
榮の家は特殊な家柄で、『神楽居・青家』に名を連ねる。
『神楽居』とは、平安の世に活躍した退魔士・神楽居瑠翠を祖とする退魔の一族で、
東日本を中心に活動する者達を『青家』と呼び、
西日本を中心とするのが『赤家』である。
『神楽居』の中でも特別な力を持つ者を『式鬼(しき)使い』と呼ぶ。
『式鬼』は、『神楽居』の使う式神であり、意思を持つ鬼なのだ。
それは、代々受け継がれ、主を自ら選択する。
流石は、式鬼・蒼軌の主であり、『青家』の当主であった。
一度は引退したが、後を継ぐべき者がいない所為で現在も現役を強いられている。
「じゃあ、蒼軌も行くの?」
榮は大きな瞳で蒼軌を見た。
蒼軌は少し困ったような表情をして、頷いた。
「そんなの、つまらないじゃないか――!」
榮は、走って自分の部屋に入ってしまう。
「若様!」
蒼軌は追かけようとしたが、その瞬間、電話が鳴った。
「はい、蒼生ですが…」
『蒼軌?私よ、皐月。道代さん居るかしら?』
「はい、少々お待ち下さい。――奥様、お電話でございます!」
すると、居間で話していた道代がやってくる。
「はい…あら、皐月さん?ええ、お久しぶり…榮?
ああ、あの子は今年は晶さんの所に行かせようかと――。」
道代は榮の話をしているらしい。
皐月は、『青家』の一つである『紺野』の一族で、
デザイナー兼モデル事務所の社長をしているパワフルな女性だ。
榮は、よく皐月に遊びに連れて行ってもらっていた。
(その度に、疲れてぐったりとして帰ってくるのだが…)
「別荘?まぁ、優雅ね…。榮を?そう…佳那ちゃん帰って来てるの?
だったら遊び相手が必要だものね…。実行くんや巽ちゃんまで?
それなら榮も喜ぶわ。
今年は、塾の夏季講習があるとかで螢くん、忙しいらしくて…
榮の面倒見てくれる人が居なくて困ってたのよ…」
道代は皐月の話を【渡りに舟】とばかりに承諾した。
皐月にも佳那という子供がいるのだが、
今までは別れた佳那の父親のイギリス人男性に預けていたのだ。
それが、ついに手元に引き取るらしい。
佳那に英語をマスターさせる為に10年は養育権を相手に、
それからの10年を皐月が受け持ち、それ以降は本人に決めさせるつもりだとか。
「佳那ちゃん帰って来てるらしいわよ。
巽ちゃんも、実行君も行くそうだし、あんたも行ってらっしゃいよ!
晶さんの所よりも、きっと、にぎやかで楽しいわよ?」
道代の言葉に、【天岩戸】と化していた榮の部屋の扉が開かれる。
「ホントに?俺、行くよ!」
こうして、榮は夏休みに一人ぼっちという事態は避けられたのである。